掬うこと。

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星に願いを。

とはよく言ったもので、

 

“ 夜空に流れる星に

3回お願いごとをすると叶う。”

 

物心ついたときには、

既にその魔法を知っていたように思う。

 

あの頃のわたしは

なにを願っていたのかしら。

 

 

そんなわたしも22歳。

変わらず願うことは続けている。

 

表現者で在りたい ”

わたしがわたしに手渡した、

初めての願いである。

 

星に願うことと同じくらいに、

わたしにも願ってみたい。

そんな心地良いわがままを

漸(ようや)く見つけた。

 

 

表現することが

どうしようもなく好きなわたしと

表現することが

どうしようもなく怖いわたし。

 

そんなわたしの背中に

手をそっと添えてくれた言葉がある。

 

母の教え子である、

6歳の男の子の作文の一節。

夏休みがお題として与えられて、

彼は家族と行ったキャンプの夜を切り取った。

 

『 星が見えて目がキラキラして、眠れなかったです。 』

 

 

はっとした。

この表現は、彼にしか出来ない。

彼というひとを介したその先に生まれるものに

ただ名前をつけてあげているだけだから。

 

そしてそれと等しく、

わたしの表現もわたしにしか出来ないではないかと。

 

表現することは、

心に触れる。

生まれるものを待つ。

生まれたものを掬う。

それだけのことかもしれない。

 

優しく触れる。

ゆるりと待つ。

そのまま掬う。

 

それだけのことに、

どれだけの愛を注げるか。

試してみようと

期待してみようと

願ってみようと思う。

 

 

scoop

 

掬う、という意味を持つこの名を

わたしの小さな世界に与えてみる。

小さく小さく踏み出してみる。

 

 

そのしるしをここに置けること。

ひとりお祝いするとしよう。