なんてことない、そんな贅沢。
いつもより、ほんの少しだけ、
愛を重ねて。
19:04
ほぼ定時ぴったりに会社を出る。
春の冷たい風にふわりと身を委ね、
夜に映える淡い桜色に惚れ惚れしながら自転車を漕ぐ。
ひと足先に帰り着いたと思った矢先、スーパーの袋を抱えた彼女が帰ってきた。
「ただいま。」「おかえりなさい。」
そこからちらりと覗いた立派な葱と、
ちょっぴり豪華なお肉。
ふふん。今日の主役のお出ましだ。
彼女がお風呂に入る間に、せっせと支度する。
ひさしぶりに立つキッチンは相も変わらずぴかぴかで、こまめに磨く彼女の姿を思い浮かべる。
濡れた髪を纏め上がった頃には、
半分食べ終えたところで、彼女が気付いた。
肝心の卵を忘れている。
顔を見合わせげらげら笑う。
卵なしでも美味しいんだ、という気付き。
それでもやっぱり卵がなくちゃね、という
疑いようもない事実の再確認。
卵ふたつでこんなに笑える。ナイスミス。
シメはうどん。
茶色く伸びたそれが、なあに、これまた美味しい。
ああ、おなかいっぱいだ。
片した後は、いつもより少しだけたっぷりめに肩揉みを。
目を離した隙にこてん、と睡魔に負けた彼女の寝顔がなんとも愛おしい。
23:12
大事に言い合った、「おやすみなさい」。
優しい優しい、4時間。
今夜は生まれて初めて過ごす、
ふたりだけの誕生日。
わたしを産んでくれた、大事な母の誕生日。
特別なことは何ひとつしてあげられないけれど、
いつもより、ほんの少しだけ。
愛を丁寧に、重ねたくなったんだ。
大事に大事に、惜しみなく。
「ふたりで迎えられて良かったよ。」
そんなふうに言う母をもっともっと大事にしたいし、
来年はふたり以上で祝ってあげたいとも思う。
わたしたちは、4人揃って家族だからね。
23:25
飲み会から帰った単身の父から電話が掛かってきたようだ。
「Happy birthday to you.」
上手とは言えないそんな父の歌声も、
母にとっては何よりの贈り物みたい。
隣の寝室で微笑む母の顔を浮かべながら、
今日も変わらず、眠りにつく。
あしたはいつもよりほんの少しだけ、
大事におはようと言いたいな。
それくらいには、今日という日が素敵で、
余韻をあしたに明後日に、持ち越したくなったのだ。
お母さん。
お誕生日、おめでとう。