なんてことない、そんな贅沢。

 

いつもより、ほんの少しだけ、

愛を重ねて。

 

f:id:mabodohu_hu:20190403232803j:image

 

19:04

ほぼ定時ぴったりに会社を出る。

 

春の冷たい風にふわりと身を委ね、

夜に映える淡い桜色に惚れ惚れしながら自転車を漕ぐ。

 

ひと足先に帰り着いたと思った矢先、スーパーの袋を抱えた彼女が帰ってきた。

「ただいま。」「おかえりなさい。」

 

そこからちらりと覗いた立派な葱と、

ちょっぴり豪華なお肉。

ふふん。今日の主役のお出ましだ。

 

彼女がお風呂に入る間に、せっせと支度する。

ひさしぶりに立つキッチンは相も変わらずぴかぴかで、こまめに磨く彼女の姿を思い浮かべる。

 

濡れた髪を纏め上がった頃には、

ゆらりゆらりと湯気を立てたすき焼きを。

 

半分食べ終えたところで、彼女が気付いた。

 

肝心の卵を忘れている。

顔を見合わせげらげら笑う。

卵なしでも美味しいんだ、という気付き。

それでもやっぱり卵がなくちゃね、という

疑いようもない事実の再確認。

卵ふたつでこんなに笑える。ナイスミス。

 

シメはうどん。

茶色く伸びたそれが、なあに、これまた美味しい。

ああ、おなかいっぱいだ。

 

片した後は、いつもより少しだけたっぷりめに肩揉みを。

目を離した隙にこてん、と睡魔に負けた彼女の寝顔がなんとも愛おしい。

 

23:12

大事に言い合った、「おやすみなさい」。

 

優しい優しい、4時間。

 

今夜は生まれて初めて過ごす、

ふたりだけの誕生日。

わたしを産んでくれた、大事な母の誕生日。

 

特別なことは何ひとつしてあげられないけれど、

いつもより、ほんの少しだけ。

愛を丁寧に、重ねたくなったんだ。

大事に大事に、惜しみなく。

 

「ふたりで迎えられて良かったよ。」

そんなふうに言う母をもっともっと大事にしたいし、

来年はふたり以上で祝ってあげたいとも思う。

わたしたちは、4人揃って家族だからね。

 

23:25

飲み会から帰った単身の父から電話が掛かってきたようだ。

「Happy birthday to you.」

上手とは言えないそんな父の歌声も、

母にとっては何よりの贈り物みたい。

 

隣の寝室で微笑む母の顔を浮かべながら、

今日も変わらず、眠りにつく。

 

あしたはいつもよりほんの少しだけ、

大事におはようと言いたいな。

 

それくらいには、今日という日が素敵で、

余韻をあしたに明後日に、持ち越したくなったのだ。

 

お母さん。

お誕生日、おめでとう。